AIと共存しながら“情報生産者”になることは可能か(“情報リテラシー”教育の発展とその向こう側(Vol.26))

「そんなことは可能だろうか。」とタイトルを付けた筆者も思う。しかし、自らが“情報リテラシー”をつけたアントレプレナーになっていくとき、“世の中を読む力”だけでは何かが足りない。身近な例で言えば、筆者が社会貢献事業ブログを書き続ける中で「読者の皆様が興味を持たれるトピックで執筆をするには、どのような分析に基づくどのような課題解決法が必要だろうか、そしてどのように付加価値のある内容を書き上げるべきだろうか」という問いが必要なのである。今回は、このような観点から“情報生産者”というテーマを扱いたいと思う。
昨年10月に行われたソフトバンク最大規模の法人向けイヴェント「SoftBank World 2024」では、「加速するAI革命。未来を見据え、いま動く。」というテーマで、人工知能(AI)の活用の加速に向けた講演や特別セッションなどが催された。同イヴェント内の孫正義氏特別講演では、以下のような発言があった。
「人間相当の思考回路をもち、知的作業の理解や学習、実行ができる人工知能「AGI(Artificial General Intelligence/汎用人工知能)」については、2~3年で達成を見込む。AGIではレベル2が博士号を複数持つ知性、レベル3ではエージェントとなり、レベル4ではAGI自体が発明を行ない、レベル5ではAIが組織的な活動を開始するとされている。そのレベル5を超える世界として、ASI((Artificial Super Intelligence/超知性)が10年以内に来る。」
(写真:SoftBank World 2024)

(参照:SoftBank)
人工知能(AI)が発達すると必ず議論される話題が、「AIに仕事が奪われてしまう」という悲観的な見方である。1811年から1817年頃にかけて起きたイギリス勢の労働者による機械破壊運動=機械打ちこわし運動(ラッダイト運動)を覚えているだろうか。産業革命により繊維工業の機械が発明され、手工業職人の失業や技能職の地位低下が深刻化し、労働者は機械の導入による低賃金や失職、技能職の地位低下などの影響を受けた。機械の導入が国民生活の向上に寄与していないと考えた労働者らは、1811年3月、ノッティンガムの編み物工たちが工業用機械の破壊を開始し、ヨークシャーの羊毛工業労働者、ランカシャーの綿工業労働者などに波及した。最終的には、政府の取り締まりを受け、運動は下火になった。しかしこれは単なる昔話ではない。現代でも、デジタル技術や人工知能(AI)が仕事を奪うのではないかという考えから「ネオ・ラッダイト運動」なる言葉が存在する程である。しかしそのような心配よりも、一万倍の超知能が超知性へと進化し、さらには人工知能(AI)が個々人のエージェントとして働く日が来るという明るい未来を提唱しているのが上記孫氏の言葉である。
人工知能(AI)もその専門分野に数える弊研究所代表・原田武夫は、しばしば学生や所員に対し「アカデミックにものを語ることの重要性」を説く。大抵のジャーナルに用いられる“IMRAD(イムラッド)”とは、Introduction(序論)、Materials and Methods(材料と方法)、Results(結果)、And Discussion(考察)の頭文字を取った、科学技術論文の伝統的な構成形式を指す。つまり、この論理的に物事を伝えるIMRAD形式を意識した話し方・書き方がカギなのだという。弊研究所代表・原田武夫は次のように続けた。
「学士号(Bachelor)を持っているというのは、あるゲームのチケットを手にしたような状態でまだまだ始まったばかり。修士号(Master)でやっとその専門領域に関して全て知っている状態となる。そして、博士号(PhD)を持つということは、特定の分野のエキスパートであるだけでなく、誰からも論破されない一つの論を述べることができる状態だ。」
上記MasterとPhDの分かれ道と言えば、適切なリサーチクエスチョン(RQ)が立てられるか否かである。リサーチクエスチョンとはつまり、「広く社会に対して意味のある問いであるのみならず、全く新しい仮説であり、かつ検証可能なもの」を指す。IMRAD形式の論文を執筆するにあたり、適当なリサーチクエスチョンを立てられることは必要不可欠であり、ここでもやはり新規性や付加価値、「0→1」の思考が大切な要素だとわかる。一度現代社会に目を移すと、人工知能(AI)が普及し、それらがネット上にある情報はほぼ全てを網羅していると言っても過言ではない世界が広がっている。これに加えて、様々な専門家が人工知能(AI)のシンギュラリティの到来や、人工知能(AI)の人間に対するパーソナルエージェント化を予測する今、ヒトの創造物として輝くのは付加価値のある情報、すなわち新規性のある情報であるのは想像に難くない。弊研究所代表・原田武夫は、現代の人工知能(AI)の急成長と文系・理系の枠組みについて次のように語った。
「考古学では、長年有効な文献(都が比定されるなど)が発見されない限り、調査を遂行してもなかなか評価されなかった。しかし近年人工知能(AI)によってエージェントを含む環境設定をし、その仮想空間上でシミュレートした場合にどのような生活様式の変化があるかなどを計算した、いわゆるエージェンティックアプローチが登場した。これにより、文献には残っていないものの遺跡が眠る可能性がある場所をある程度特定することが可能となり、徐々にその成果が出始めている。」
したがって文理融合の実態については、上記例のように人工知能(AI)によって繋がれているという見解が可能なのである。また、弊研究所で行っているIISIA読書会について「本を読むことは空気を吸うことと一緒。そのため本を読んだだけで威張ってはいられない。大事なのは、そこで何を思考したか、何を調べたのか、仲間とどのような議論をし仮説を立て、どのようなオリジナルの結論を出したのかである。」と弊研究所代表・原田武夫は学生たちに説いた。これら知的な作業はユニバーサルであるため、この点を意識できるかどうかが今後の運命を分けるとし、学生への激励を終えたのであった。
さて“情報生産者になる”というテーマでブログを執筆するにあたり思い出したのが、筆者が学生時代に手に入れた書籍「情報生産者になる(上野18)」である。同書によれば、もちろん学ぶことの基本は「真似ぶ」ことであり、他人の生産した情報を適切に消費することは、自らが情報生産者になるための前提となる。書籍や論文といった形で“情報”を収集し、自らの知識・知恵として蓄積することは欠かせないのである。しかし、情報で溢れかえる現代社会において「情報通で情報のクォリティにうるさい人」という意味で使われる“情報ディレッタント”にはなりたくないのもまた本音である。少々パンチの効いた、筆者の学生時代のバイブル「情報生産者になる(上野18)」の冒頭を本ブログの最後に紹介しよう。
(書籍:情報生産者になる(上野18))

(参照:amazon)
「偏差値の高い学生たちは好みのうるさい情報ディレッタントになりがちです。そしてそれはしばしばないものねだりや、揚げ足取りになる傾向があります。他人の生産物のしんらつな批評家になることは誰にでもできますし、ときにはそれは快感でもありますが、ならオマエガやってみろ、と言われて代替案を提示するのは容易ではありません。―中略― だから、情報生産者の立場に立つことを覚悟して消費者になると、情報の消費のしかたも変わってきます。この情報はどうやって生産されたのか?・・・その楽屋裏を考えるようになるからです。」
“表現の自由”という鎧を被って“自由”に発言できる環境は、もはや「ありがたい」だけでは済まない。SNS環境のあちこちで火の手が上がる光景は、今や見慣れてしまった。しかし「情報消費者」と「情報生産者」、誰もがどちらにもなりうる情報社会に生きているのだから、それを扱うヒトのレベルアップを望まずにはいられない。また同時に、人工知能(AI)を敵ではなく良きパートナーとして扱うことで、我々“ヒト”のみが創り出せる想いや気づきにフォーカスし、より深みのある情報の付加価値が提供できるようにしていきたいと思う。
【参考文献】
・[上野18] 上野千鶴子, 「情報生産者になる」, ちくま新書, (2018).
※当ブログの記述内容は弊研究所の公式見解ではなく、執筆者の個人的見解です。
事業執行ユニット 社会貢献事業部 田中マリア 拝
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【筆者より】
田中マリア:高校2年次と大学4年次にそれぞれ約1年のオランダ留学を経験。大学では、オランダ学と社会教育学を専攻し、卒業論文は「日本の初等教育の改善-モンテッソーリ教育からの示唆-」というテーマで執筆した。大学卒業後は、一般保育園にてフリー保育士としてパート勤務をしながら、国際モンテッソーリ教師資格(3-6歳)を取得。2024年4月より株式会社原田武夫国際戦略情報研究所ヘ入所。現在、社会貢献事業を担当する。
★詳しい自己紹介はこちら→コーポレート・プランニング・グループの”自己紹介” ブログ(Vol. 4)
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