2分の韻律が世界を変えるのか ~キングスカイフロント訪問を受けて~(コーポレート・プランニング・グループの”社会貢献事業” ブログ(Vol. 3))
1.はじめに
現代における人口増加の問題はグローバル社会全体において様々な問題を引き起こしており、国連の会合では必ずイシューとして取り上げられている。今日の人口動態で興味深いのは、地域別に高齢化率の今後の推計を見るとこれまで高齢化が進行してきた先進地域はもとより、開発途上地域においても、高齢化が急速に進展すると予測されている(参考)。とりわけ、我が国においては高齢化が顕著であり、総医療費の抑制が我が国を筆頭に課題として指摘されている。今回のブログ(参照)では、前回の続きとして「殿町国際戦略拠点 キング スカイフロント」で研究されている我が国の社会問題に対する突破口ともなり得る研究を紹介する。
<殿町キングスカイフロントの研究棟>
(参考:筆者撮影)
上述の通りグローバル共通の問題となりつつある高齢化問題に対して、これまでに多くの国で総医療費を抑える取り組みが成されてきた。例えば、患者に対しては自己負担額を増やることや、医師であれば少ない医療サービスを提供することで医療費を削減できた医師に金銭的ボーナスを与えることなどが試された(参考)。こうした医療費を抑えるために実施した様々な金銭的なインセンティヴも医療分野においては逆効果を招く結果として指摘されている(参考)。
とりわけ医療健康分野では、上記のような行動経済学の応用研究が積極的に実施されてきた分野の一つである。その背景には,人間の意思決定に関する一見不合理な特性に基づき,医学的に推奨される予防や治療を人々が自力では実行できない理由や、ときに医学的に推奨されない選択を人々が積極的に取ってしまう理由を説明できる可能性があるからだ。
2.医療分野における社会科学の限界と医療経済学
ところがこうした社会科学の限界とも言える状況を受け、現状の問題を打破するにはどういうアプローチで行動変容を促せば良いのか。こうした問いに対する突破口として現在米国から我が国の文化に合わせた形で「演劇による人々の行動変容」に係る研究が進められている。
<演劇による予防治療が研究されているカルフォルニア大学デイビス校>
(参考:U-Labo)
社会科学と自然科学の融和である医療経済学の目的 は、「 医療 サー ビスの イ ンプ ットとアウトプットの対比(費用対効果)を計算し、その結果を社会に提示すること」である。こうした医療経済学的な観点より、神奈川県立保健福祉大学では“突破口”を探る取り組みとしてキングスカイフロントでは様々な研究が成されている。
その一つが演劇により生活習慣を変容させる実験である。米国では広く使われている手法で、我が国のカルチャーに合わせた形で現在実験が進められている。内容としては、グループを組成してそれぞれ日常の自身の役割とは異なる自分を即興で演じる。さらには2分という時間が決められており、人が集中できる限界の時間としてこの長さが設定されている。こうして短い間に元来異なる思考過程に基づく発言や行動を通じて、日常という場において行動変容を促すことを目的としている。これを「脱機械化(De-mechanization)」と呼び、生活習慣を正すことや、普段無意識に抑圧されている思考過程に気づくことができるのだ。現在の我が国においては生活習慣を改善することで3分の1の医療費削減に繋がると推定されている(参考)。この「演劇による行動変容」に係る研究が進み社会実装されれば、生活習慣などの予防治療にも応用され我が国の高齢化社会に潜在する課題解決となり得ることから注視すべきである。
3.身体性との関係
他方で、こうした演劇にアプローチは身体性とも密接に結びつき、社会問題に潜在する課題解決において本質的なアプローチを暗示しているのではないだろうか。
<身体性の原理>
(参考:S・hamasaki)
演劇はあくまで一手段であり、人工知能(AI)から心理学など幅広い分野において語られる身体性(embodiment)の追及が、現代社会ひいては今後人類社会にとってカギになる可能性がある。人類共通の問題に課題先進国である我が国がどういった答えを出すのか、キングスカイフロントの動向に引き続き注視すべき展開である。
社会貢献事業担当 岩崎 州吾 拝