生成AIが開く扉 (“新しい科学”の実現とPax Japonicaへの道(Vol. 1))

2024.05.16

 

テクノロジー系のニュースサイトを覗けば連日のように、生成AIに関連するニュースが出ている。ここまで注目されるきっかけとなったのはやはり、2022年11月にリリースされたChatGPTであろう。リリース後、わずか2カ月で利用者を1億人にまで増やしたこの文章生成AIは、今や生成AIの代表格のように扱われている。また、「学習データを増やす中で、(ある条件を満たせば)生成AIの出力の誤差が少なくなっていく(出力の精度が向上する)スケーリング則の応用[Kaplan et al. 20]」「人間が適切な出力を生成AIに学習させることで、不適切な出力を出しにくくなる」といった特徴から、他の技術と比べリスクやリターンを予測しやすいのも、人々の関心を引いた理由だろう。以下の図は主に文章生成AIを取り扱っているが、近年生成AIの学習用に使われるデータセットは増加していることが見て取れる。

(図:生成AIに学習させるデータ量と各生成AIが公開された時期)

(参照:Villalobos and Ho

ChatGPTのリリースから一年以上が経ち、生成AIというカテゴリーには、画像、音声、そして映像まで一般的に含まれるようになった。では、グローバル社会の一員として我が国は、この技術とどう向き合っていくのだろうか。今年1月、スイスにて開催された世界経済フォーラム年次総会にて、アントニオ・グテーレス国連事務総長は「気候変動」「規制なきAIの開発・発展」のもたらすリスクについて、喫緊の行動を各国に呼び掛けた[United Nations 24]。経済、医療、社会的活動など様々な分野において、グローバルから個人のレヴェルに渡ってAIが活用されているからこそ、そしてまだまだAIは新しい技術であるからこそ、野放しの研究開発や実装それ自体がリスクとなりうる。

国連内ではAIや、それを支えるデジタル技術の活用を進めるにあたり、いくつかの取り組みがなされている。そのうちの1つ、インターネットガヴァナンスフォーラムについては、既に「IGF2023「公務員の能力向上とDX」に出席して。(「IISIA技術ブログ」Vol. 8)」にて代表・原田より述べているので、ぜひ読者の皆様にはそちらも読んでいただきたい。上記の技術ブログにて、国連大学在マカオ研究所から「生成AIと外交」をテーマとした共同ウェビナーの提案があったのだが、いよいよ計画段階に入っているのだ。 この計画を進める中で、国連大学在マカオ研究所の研究者より紹介されたことが2つある。1つ目は国連大学本部のチリツィ・マルワラ学長、国連事務次長である。思いがけずできたこちらの関係性については、また別の機会に触れたい。2つ目は先月24日から25日にかけて開催された、国連大学在マカオ研究所主催のAI学会である(なお、国連大学在マカオ研究所が深く関わっている研究分野は、集合知(collective intelligence)やデジタル技術である)。

(図:中国のAI研究とガヴァナンスについて述べるXue Lan博士)

(参照:筆者撮影)

Xue Lan博士は中国の精華大学にて、イノヴェーションポリシーやグローバルガヴァナンスの研究を進めており、国連の組織とも関係が深い[World Economic Forum 24]。

今回のAI学会のテーマは“AI for All: Bridging Divides, Building A Sustainable Future”であった。いわゆるアカデミアの学会というよりも、(政治的な文脈の強い)グローバル社会に向けたメッセージを打ち出していた印象を受けた。例えば、ネットワーキングディナーやオープニングセレモニーから一貫して「グローバルサウスとノース、文化圏としての東と西をつなげる」重要性が繰り返し強調されていた。また参加者の顔ぶれを見るに、中国勢の企業や教育機関が多い。米国、韓国、我が国からの参加者は我々よりほかに見当たらなかった。マカオは世界有数のカジノリゾート地であること、なによりAIという分野の注目度と重要度から、欧米の参加者が多くいるだろうとの予想は完全に外れる結果となった。

そして、AI研究そのものにおいても中国の勢いを感じる結果である。上の画像は「中国のAI研究とガヴァナンスから分かってきたこと」と題する発表の一部だが、各国のAI分野への民間投資の額の大きさを示している。1位は米国、3350億米ドル以上の投資を2013年からの10年間で行っているが、2位は中国で、その3分の1の金額を投資している(なお、我が国は11位)。加えて、AIに関わる論文数でみると、中国から出された論文は全体の約40%を占め、これはEUなどを抜いて世界1位である。

(図:2023年より中国で公表のあった大規模モデルまたはそれに関わる組織)

(参照:筆者撮影)

我が国の企業や自治体でも、AIの活用やサーヴィスへの実装は進められているが、基盤となる技術やモデル開発から着手する団体はどのくらいいるのか、注視したい。

今回の学会で、正式に公表された計画がある。国連大学のAIネットワークだ。包括的かつグローバルなプラットフォームとしてアカデミア、民間、政策決定者、そして市民社会をつなぐ場となることを目指している[UNU Macau 24]。ネットワークの始動を宣言する、華々しいセレモニーでは、やはり中国の企業や教育関係者が多く揃っていた(学会の時点で、政府レヴェルで関わっていた海外団体はオーストリアとカンボジアのみ)。

国連大学主催の学会、そして「全員のためのAI」をテーマに掲げる場で、中国が突出していると感じる2日間であった。セッションに登壇する発表者たちも、中国の関係者が主であった(把握している限り、我が国からの登壇者は2名、うち1名は中国の大学に籍をおいている)。AIを支える、データの収集とその量/規模の大きさで各国に先んじる中国は、このままAI研究をリードし続けていくのだろうか。

翻って我が国はどうか。国連大学を起点としたAIの研究、実装の輪がグローバルに公表された今、この第一段階に入れるか。国連大学在マカオ研究所主催のAI学会が無事に終わった今月から、「生成AIと外交」をテーマとした共同ウェビナーの計画を本格的に進めていく。今夏の実施を目指す中で、生成AIに関わるグローバルの潮流や、弊研究所のプロジェクトについてもこのブログでご紹介できればと思う。

コーポレート・プランニング・グループ 櫻井あゆ子 拝

【参考文献】

[Kaplan et al. 20] Kaplan, Jared, et al. “Scaling laws for neural language models.” arXiv preprint arXiv:2001.08361 (2020).

[United Nations 24] United Nations “UN Chief at WEF 2024 in Davos | United Nations.” YouTube, uploaded by United Nations, 18 Jan. 2024.

(https://www.youtube.com/watch?v=MQQ9fyRP3WA)

[UNU Macau 24] UNU Macau “UNU Artificial Intelligence Network.”

(https://aimacau-2024.org/unu-ai-network)

[Villalobos and Ho 22] Villalobos Pablo., and Anson Ho. “Trends in Training Dataset Sizes.” Epochai.org (2022).

[World Economic Forum 24] World Economic Forum “Xue Lan.”

(https://jp.weforum.org/people/xue-lan)