「もしトラ」という陥穽~求められる「次なる一手」とは~(コーポレート・プランニング・グループの”社会貢献事業” ブログ(Vol. 1))

2024.02.20

我が国から遥か10,000kmの大地で熱戦が繰り広げられている。次の大統領を決める米国大統領選である。「もしトラ」という言葉は聞いたことはあるだろうか。「もしトランプ氏が大統領になったら」のリスクが語られる際に我が国では多く使われている。事実、予備選挙ではトランプ前大統領が圧倒的な強さを見せており、再選に向けて大きく前進している(参照)。

(演説を行うトランプ元大統領)

(出典:ダイヤモンドオンライン

地政学リスクやインフレなどが「もしトラ」で語られる文脈としては多いが、本当にそれだけだろうか。我々一人一人にとって生命に関わる分野においても懸念を示す必要はないだろうか。こうした疑問から、今回は我々の生命を脅かしている感染症対策を司る公衆衛生政策上の観点から我々にとってどういうリスクがあるのかを論じてみたい。

公衆衛生分野は、数あるグローバルイシューの中でも、保健分野は歴史的にみて比較的、国家間協力が容易に進んできた分野であり、情報の共有(データシェアリング)が結果的に結果的に感染症のコントロールに繋がるというインセンティヴに繋がる。

他方で現代においては、100年に一度と言われる感染症「新型コロナウィルス」を巡っては 世界保健機関(以下WHO) を舞台として米中勢の対立が激化してきた。米国勢のドナルド・トランプ元大統領は2020年 4 月、WHOを批判し、 5 月末にはトランプ政権が望む改革が実行されていないとして正式にWHOを脱退した。対する中国の王毅外相は暗に米国勢を反論し、反グローバルな局面へと事態は推移している。バイデン政権以降も、感染症に対する協力を巡り米中対立は未だ続いている(参照)。

こうしたことから一定地域ではなく、人類全体を巻き込む新型コロナウィルスにおいては地球全体で多くの利害が絡み合い、従来の「公衆衛生=協力しやすい分野」ではなくなっている。これまで主に国内の問題として扱われてきた公衆衛生が、現在では国際政治学の観点から語られていることから、感染症の問題が国際政治という文脈を無視できなくなっている証左であろう。

(コレラに感染した患者が集まる病棟)

(出典:Volksfreund

公衆衛生の歴史を振り返ると、国境を越える協力枠組み誕生の直接の契機となったのは19世紀初頭ヨーロッパでのコレラの流行であった(参照)。コレラはもともとアジアの風土病であったが、国境を越える動きを媒介として19世紀初頭以降、世界各地へ伝播した感染症である。当時は国内の下水道整備等が対策として施されたが、国境を越える感染症を受け、欧州勢の国々では定期的に国際衛生会議が開催された(参照)。この会議は第 1 次世界大戦に向かって国際関係が悪化していく中においても、我が国や米中勢など非加盟国も巻き込みながら数少ない多国間協調の場としても存続し続けた。こうした多国間の努力が功を奏し、1907年には国際公衆衛生事務局の開設、及び国際法の制定、それから全体を監督する国際連盟保健機関へと繋がった(参照)。

それでは時を現代に戻し、現行の感染症対策を検証する。周知の通り新型コロナウィルスは従来の感染症とは異なり、一定の地域に限らず全世界に被害が生じている。インフラが脆弱な途上国のみならず、先進国にも広く影響を与え、世界共通の問題という点でこれまでとは異なる。

こうした感染症の性質からグローバルの働きかけが全くなかったわけではない。実際に、2000年の主要国首脳会議(沖縄サミット)の公式文書には、「健康は経済成長に直接的に寄与する一方で、不健康は貧困をもたらす」との認識が示され、エイズやマラリア等の健康課題へのサミットとしての積極的な関与が謳われ、2008年の洞爺湖サミットでは、途上国における保健システムの強化に合意がなされた(参照)。

(WHO総会にて合意を求めるテドロス事務総長)

(出典:日経新聞

しかしながら、2021年のパンデミックで見たように、米中勢の対立やWHOの機能も十分に果たしてきたとは言い難い。とりわけ中国の初動対応の遅れは明らかであり、英サウサンプトン大学の研究チームは、あと 3 週間中国の対応が早ければ、世界的な感染者の数を95%削減できていただろうという報告を出している(参照)。

万が一、米中対立を生じさせたトランプ元大統領が再選した場合、米中のみならず、グローバル社会全体の連帯すら危ぶまれる可能性がある。こうした連帯の欠如が、グローバルの公衆衛生分野における連帯に大きく影響を与えることは上記で示した通りである。

こうした米中勢の動きを受けて今こそ米中勢以外の国による役割が期待されるのではないだろうかというのが卑見である。事実、これまでを振り返ると、WHO 総会には欧州勢(EU)が主導した WHO 改革案やグローバル社会に対してパンデミック条約が提案された。我が国国内においては、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合し「国立健康危機管理研究機構」を設ける動きや、下水疫学調査など新たな手法の研究も進んでいる。(参照)。

今日ではアラスカやリオ地域、更には新型コロナウィルス図の変異株「JN.1株」が感染拡大しており、感染症との闘いは日々深刻さを増すばかりである。今こそ我が国を始めとするミドル・パワーのイニシアティブを執るべく、一般市民レヴェルにおける協力として弊研究機構も尽力を尽くし、“Pax Japonica”の実現に取り組みたい。

社会貢献事業担当 岩崎州吾拝